うつ病で治療が長引いたら
うつ病の患者さんは、全国に128万人ほどいます(厚生労働省「2017年患者調査」より)。
2002年には71万人だったので、この15年で1.8倍ほどに増えました。
15人に1人が生涯に一度はうつ病にかかると言われているほど、身近な病気ですから、会社の同僚や友人、家族、あるいはご自身など、身近に経験者がいる方も多いと思います。
Fさんがうつ病を発症したのは、30代半ばのことでした。仕事に前向きに取り組んでいた頃にうつ病を発症し、休職することになりました。そこからどのように復職をめざしたのでしょうか。
涙が止まらない、眠れない
もともとFさんは仕事にも前向きで明るい性格です。中途採用で入社して5年ほどが経ち、任される仕事も増え、それに伴って責任も大きくなっていましたが、「任せてもらえることがうれしい」と、仕事へのやりがいや自信も増していました。
ところが、自分が自分ではなくなっているような、「なんだかおかしい」と自覚するようになったのは、社内で新規のプロジェクトがはじまり、新しいリーダーの下で働くようになってからのことでした。新たなリーダーとたまたまウマが合わなかったのでしょう。仕事の仕方について注意されることが増え、責任をもってやっていた仕事から外されるということもあり、次第に会社に行くことが苦痛になっていったそうです。
それでも「大丈夫」と自分自身に言い聞かせてなんとか毎日出勤していましたが、ある時から、ふとした瞬間に涙が出て止まらなくなり、夜には何度も目が覚めるようになり、睡眠不足に。そのため仕事でのミスも増え、またリーダーから注意され、体調も悪くなって朝ベッドから起きられず遅刻することも増え、次第に休みがちになり……と、悪いループにはまっていってしまいました。
心の病気で通院する人を助ける「自立支援医療」
このままではいけないと考えたFさんは、助けを求めるように近くの心療内科クリニックに予約を取り、駆け込みました。そこで、うつ病と診断されました。そのときには、「うつ病になってしまった」という悔しい思いもあった一方で、「これで会社が休める」とどこかほっとした面もあったそうです。
結局、Fさんは「傷病手当金」を受けながら休職することにしました。そこから2週間に1回ペースでのクリニックへの通院がはじまりました。
クリニックで処方された薬を飲むようになって、急に涙が出るようなことはなくなったそうです。それでも、家に一人でいるときなど、急にとてつもない不安に襲われて、いてもたってもいられず、助けを求めてクリニックに電話をして診察予約を早めてもらうこともありました。そうこうしているうちに、クリニックの受診回数も増え、少しずつ薬の量も増えていったそうです。
治療が長くなれば、その分費用もかさんでいきます。傷病手当金があるとは言え、いつもの給料の3分の2。心配になってきたFさんが主治医に相談すると、教えてくれたのが「自立支援医療」という制度でした。
★ポイント★自立支援医療、医師から提案してもらえるとは限らない
自立支援医療は、長期の通院が必要となりやすい精神疾患の患者さんの経済的な負担を減らすための制度です。患者さんにとってありがたい制度なので主治医のほうから教えてくれるのだろうと思うかもしれませんが、実際は、そうとは限りません。医師としては「『そんなに治療が長引くの?』と思われそうで提案しにくい」こともあるそうです。継続的な通院が必要になりそうな場合は、ご自身から主治医に相談してみてください。
継続的な外来治療は1割負担に
自立支援医療(精神通院医療)制度の対象となるのは、精神疾患で外来治療を継続的に受けている方です。うつ病のほか、統合失調症や薬物依存症、PTSD、パニック障害、発達障害、認知症、てんかんなど、ほとんどの心の病気が対象になります。
通常、病院やクリニック、薬局で支払う自己負担分は実際にかかった医療費の3割ですが(小学生以上70歳未満の場合)、自立支援医療が適用されれば1割負担になります。
また、ひと月あたりの負担額の上限も、収入によって「0円」「2,500円」「5,000円」「10,000円」「20,000円」と設定されています。
この自立支援医療制度を活用するには、必要書類(申請書、医師の診断書、世帯の所得状況がわかる資料、健康保険証、マイナンバーの確認書類など)を揃えて市区町村の担当窓口で申請する必要があります。
※厚生労働省「自立支援医療(精神通院医療)について」より
★ポイント★自立支援医療の対象外となるもの
自立支援医療の対象となるのは、心の病気に対して行われる外来での医療・投薬、デイケア、訪問看護などです。入院医療に関する費用や保険外の治療(病院やクリニック以外でのカウンセリングなど)、心の病気とは関係のない病気の医療費などは対象外となります。
また、自立支援医療制度での医療費助成を受けられるのは、「指定自立支援医療機関」に指定された医療機関での医療のみ。通院している病院やクリニックが指定自立支援医療機関になっているかは、市区町村の申請窓口(保健福祉課や障害福祉課など)に問い合わせるか、病院・クリニックに確認しましょう。ホームページにリストを掲載している市区町村も多いので、受診前に確認しておくと安心です。
リワークを経て復職
休職した当初は、何もやる気が起きず、午前中はほとんど寝て過ごしていたFさんでしたが、だんだんと夜間に何度も目覚めることがなくなり、午前中に起きて洗濯をしたり、体調がいいときには近所に散歩に出かけたりできるようになっていきました。そして、主治医との会話のなかで「復職」という言葉が出るようになりました。
ただ、職場に戻って働くことを考えると、「またうつがひどくなるんじゃないか」「そもそも今の自分が前のように働けるのか……」などと不安が押し寄せ、どうしても自信がもてません。そうした不安を主治医にぶつけたところ提案されたのが、「リワークケア・プログラム」でした。
Fさんの通っていたクリニックには復職支援専門のデイケアであるリワークケア・プログラムがありました。月曜日から金曜日まで同じ時間に施設に行き、グループワークや職場のロールプレイ、心身の体力づくりのためのストレッチやヨガなどのプログラムを行い、復職に向けた準備を整えるというもの。
Fさんはこのリワークケアに週2回から参加をはじめ、復職前には週5回参加し、通勤の練習をしました。また、グループワークのなかで他の人の体験を聞けたことで、「辛いのは自分一人ではない」と思え、復職に向けてもとても役立ったそうです。
心の病気は、なかなか他人に理解してもらえないところもあり、なおさら辛く感じることもあると思います。いろいろな面で助けになる制度やケアがあるということをぜひ知っておいてください。
ライター 橋口佐紀子