年金の繰下げ受給は必ずしも万能ではない、その理由とは

年金 2024/04/09

老後の年金は65歳から受け取ることができます。しかし、60歳から65歳の間に受け取る(繰上げ受給)ことも66歳から75歳の間に受け取る(繰下げ受給)こともできます。繰下げ受給をすれば増額された年金を受け取ることができるため、老後の生活に有効な手段となりますが、繰下げ受給ができないケースもあります。その一つが遺族年金の受給権が発生した場合です。今回は、妻が年金の受け取りを遅らせていた途中で夫が亡くなった場合に、妻の年金はどうなるのかお伝えします。


年金の繰下げ受給とは?具体例で確認

老齢基礎年金、老齢厚生年金ともに65歳で受け取らずに66歳から75歳の間で受け取ることができますが、1か月受け取りを遅らせると、年金は0.7%増額します。例えば、68歳から受け取るのであれば、36か月遅らせることになりますから、36×0.7=25.2となり、68歳から受け取る年金額は65歳の年金額の1.252倍の金額となります。

仮に、65歳時点の老齢基礎年金が70万円、老齢厚生年金が100万円だとすると、両方の年金を繰り下げた場合、それぞれの年金額は下記のようになります。

老齢基礎年金:70万円×1.252=876,400円
老齢厚生年金:100万円×1.252=1,252,000円
合計:約213万円

65歳時点の年金額が合計170万円ですから、受け取りを68歳に遅らせることで年間約43万円増やせることになります。この増額率は一生変わらないため、長生き人生を安心して過ごすためには非常に有効です。

しかし、障害年金や遺族年金を受け取っている場合は繰下げできなかったり(「障害基礎年金」または「旧国民年金法による障害年金」のみ受け取る権利がある場合は、老齢厚生年金の繰下げ受給は可能)、繰下げをしようと待機していたときに配偶者が死亡して遺族年金の受給権が発生したような場合は、それ以降増額できなかったりと注意が必要です。


繰下げ待機中に夫が死亡したら

それでは、繰下げ待機中に配偶者が死亡した場合を具体例で考えてみましょう。現在68歳の妻が自分の年金を増やすために70歳まで年金受け取りを遅らせようとしていたとします。しかし、その最中に夫が亡くなりました。

この場合、妻はその時点で年金を増額できなくなります。妻の65歳時点の老齢基礎年金が70万円、老齢厚生年金が30万円だとすると、68歳時点の増額された年金はそれぞれ1.252倍の約88万円、約38万円です。妻としては、70歳まで繰り下げて、年金を1.42倍にしようと考えていたのですが、その考えは実現できないのです。

一方、68歳時点で増額していない65歳時点の本来の年金額を受け取ることもできます。この場合、増額されませんから、年金額は当然少なくなるのですが、実はこの受け取り方も選択肢の一つに入る場合があります。なぜなら、妻の老齢厚生年金が増えると、遺族厚生年金が減るからです。ここで、遺族厚生年金の仕組みについて確認しましょう。


遺族厚生年金の仕組み

夫が老齢厚生年金を受給していた場合、夫が死亡すると生計を維持されていた妻は遺族厚生年金を受けることができますが、遺族厚生年金の金額は、下記2つの金額のうち高い方になります。

  • 夫の老齢厚生年金(報酬比例部分)の3/4
  • 夫の老齢厚生年金(報酬比例部分)の1/2と妻の老齢厚生年金の1/2を合計した額

とはいえ、上記計算結果の金額すべてが支給されるわけではありません。妻の老齢厚生年金を差し引いた分が支給されることになります。たとえば①のケースだと、夫の老齢厚生年金の3/4が75万円とすると、75万円が遺族年金として支給されるわけではなく、75万円から妻の老齢厚生年金約38万円を差し引き、約37万円が遺族厚生年金として支給されます。


妻の老齢厚生年金 38万円
遺族厚生年金   37万円
                     合計75万円

一方、妻が繰下げしない年金を受け取るのであれば、遺族厚生年金は75万円から65歳時点の妻の老齢厚生年金30万円を差し引き45万円が支給されることになります。


妻の老齢厚生年金 30万円
遺族厚生年金   45万円
               合計  75万円

 

いずれの場合も合計すると75万円分の年金が支給されることになるのですが、遺族年金は非課税、老齢年金は課税対象です。課税対象の年金か、非課税の年金かを考えると、必ずしも増額した老齢年金を受け取った方が、収入が多くなるとは限りません。そのため、先にお伝えしたように増額しない本来の年金を受け取ることも選択肢として入ってくるのです。


夫婦の年齢差や年金額、これからの生活を考えた受け取り方を

年金の繰下げは長生き時期代を安心して生きるための有効な方法ではありますが、夫婦の年齢やそれぞれの年金額によっては必ずしも最適な方法とは言えません。注意点も確認した上で、自分自身に合った受け取り方を考えましょう。

 

公的年金アドバイザー
前田菜緒